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2010.06.09 Wednesday

ママファームへぶらり旅〜万葉集と旅情編〜

カテゴリ:ポテトクラブ
さかがみです。
私もぶらり旅行きました、まだひっぱりますよ、ええ(笑

まず、こちらファーミングリーンの施設をご覧下さい。ドン。



このほかにも町のあちこちに見受けられる「万葉」の文字。

稲美町と万葉集、いったいどんなかかわりがあるのか、
奈良民として気にせずにはいられないので軽く調べてみました。
註:付け焼刃の知識で書いていることを、ご容赦下さい。

稲美町は、「印南野」(いなみ野)という台地の中心にあります。
この印南野が、万葉集をはじめ多くの歌集で詠まれたといわれています。
例えば、古くは柿本人麻呂が詠むに、

「稲日野も 行き過ぎかてに思へれば 心恋しき加古の島見ゆ」

この歌の解釈は、このサイトがとても味わい深いので、
そちらをご覧いただくとして、
印南野は二つの川と瀬戸内海に囲まれています。
先人は、都(奈良)から九州への途、畿内(関西)を抜けて目にする、
海と山がおりなす美しい景色に、旅路への想いを馳せたのでしょう。
そこから、様々な文学で印南野が詠まれるようになったそうで。

実際、便利になった千何百年後のぶらり旅でも、JRの車窓から見た、
右手に緑、左手に海という風景は旅情をかきたてられました。
先人の時代は歩きですからね、そりゃ、もう絶景。

稲美町には、当時の印南野と瀬戸内海をイメージした
万葉の森」という庭園があります。
きれいなんでしょうねぇ〜。行ってみたいです。
印南野を詠んだ万葉の歌や、郷土資料館で稲美町の歴史に触れられます。

この美しい印南野、実は水が大変少なく、
江戸時代に開拓され、ため池が作られるまで住めなかったんですって。
この時代のプロジェクトXも興味深いです。

稲美町、歴史を紐解くといろいろとおもしろいことが出そうな町です。
ではでは。

【参考文献】
文学的風土としての印南野-加古川のみちくさトリビア-
ひろかずのブログ:稲美町探訪(4):印南野台地1
おじさんの好きな歌253


コメント
稲美町で生まれ育ったんですが、稲美町の歴史知りませんでした。勉強になります。
  • 稲美生まれ稲美育ち
  • 2010/06/16 4:31 PM
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